きらきら草紙

Twinkle, twinkle, little star. How I wonder what you are.
Epigraph
「ふうん」と頷いて、彼は上目づかいに右の頬ッぺたに人差指をおし当てた。
(稲垣足穂「きらきら草紙」より)

新刊書籍関連のアップデート―最近の出版事情

 以下は、個人的備忘録。ここ最近の興味を惹いた新刊を纏めておく。

☆その1:「南方熊楠資料叢書」その他(南方熊楠顕彰館)

『南方熊楠・小畔四郎往復書簡(二)[大正七年〜大正十年]』
 南方熊楠顕彰館から刊行されている、ごく一部の愛好家に好評のシリーズ「南方熊楠資料叢書」だが、昨年から刊行が始まった小畦四郎との往復書簡集の全4巻のうち、今年は第2巻が刊行された。この小畦四郎との往復書簡集は年1巻のペースで刊行になるので、全巻完結までにはあと2年かかるのだが、近年増々買う本がなくなってきた身としては、年に一回という非常に長いスパンでの刊行であるにせよ、今では殆ど唯一の定期購入本として毎年心待ちにしているシリーズである。南方熊楠に関しては、この書簡集の他にも未整理/未刊行の資料もまだまだ多数あるが、一般の出版社にはどうやらもう熊楠の未刊行資料集を出すような体力はまるでなさそうなので、南方熊楠顕彰館の主たる活動のひとつとして、今後もこのようなシリーズが続いていって欲しい。

『南方二書』
 2006年の5月の南方熊楠顕彰館の開館に合わせて刊行されたと思われる、原本翻刻版の『南方二書』。開館記念時にしか買えなかったのかと思いきや、今月から南方熊楠顕彰館の通販で購入可能になったそうだ。なあんだ、在庫あるんじゃんねえ。以前にこの本が熊楠をテーマにした展覧会などで即売されていたことを知り、そうしたイベントごとには一切顔を出さない私は入手できずに非常に悔しい思いをしていたのだが、どうやら今でも簡単に手に入るらしい。大分前に南方熊楠顕彰館にこの本のことをメールで問い合わせた時は完全に無視され、返事もくれなかった。よし、そういうことなら早速注文してやろう。『南方二書』に関しては今更説明の必要もないと思うが、東大教授松村任三に宛てた神社合祀反対に関する書簡のことで、後に熊楠をエコロジストの先駆者に祀り上げるきっかけになったものである。

☆その2:『南方熊楠コレクション』(全5巻)/河出書房新社(河出文庫)

 90年代の初期に刊行されて、何と全巻でトータル25万部も売り上げたという河出文庫の『南方熊楠コレクション』が、今年の11月に全5巻のケース入りセットで復刊になる。25万部も売れればレアでも何でもないので現在でもネットの古本屋さんやアマゾンのマーケットプライスなどで容易に入手可能だが、ケース入りというのはなかなか見つからない。実は当初は巻数順に隔月に1冊のペースで刊行されていたのだが、全巻完結した後にケース入りのセットが発売されたので、単巻が出る度に購入していた私もケース入りは所有していない。今回は「35ブックス」という出版社8社の共同主催になる企画による復刊だそうで、この「35ブックス」とは如何なるものなのか?―説明は面倒なので他のページでご確認頂きたい。
 世の中は便利さを求めて日々進化しているが、出版業界はこの時代においても旧式な体制を保持しているものだから、当然進化した社会の仕組みからは置いてけぼりになっているような感が否めない。私個人のことを言えば、もちろん本を読む喜びは格別のものだが、すでに生きて行くに必要な本は全て家に揃っているので、新発見の資料でもでない限り今では本を購入する必要がない。またどうしても本を買いたいと思えば、すでに所有している本の、状態のいいやつとか版の違うやつなんかを古本で探して買えばそれで気が済む。ここ数年、私自身が買いたいと思う新刊が殆どないという事実は、出版社が私のような偏向的な読者が喜ぶようなマイナーな本を出す余裕が愈々なくなってきた、という証拠だろう。今後、増々書店の数は減り、出版社は廃業し、近い将来には本そのものがごく少数の愛好家のためのものになると思う。ウェブやケータイがあれば、人々は物語を読むために本という重くて嵩張る野暮ったいメディアをあえて個人所有する必要などないし、ペーパーレスが主流に成りつつある現在、紙を生産しない社会は地球にとってもいいんじゃないだろうか。出版業界にとって以前から危惧されていた状況が漸く現実味を帯びてきたのだ。『南方熊楠コレクション』がケース入りで復刊されるのは嬉しい限りだが、出版業界の今後を考えればこの「35ブックス」も残念ながら時間稼ぎに過ぎないだろう。

☆その3:ポプラ文庫版『江戸川乱歩/少年探偵シリーズ』

 少年時代の読み物と云えば、今も昔も江戸川乱歩の少年探偵シリーズ、かどうかは定かではないが、少なくとも私の少年時代に夢中になって読んだ本はこのシリーズで、私と同世代以上の方なら同じような経験をお持ちの方も多いことだろう。このシリーズ、同社の別の文庫シリーズで刊行されていたものの、表紙は現代的なタッチの絵で私の好みではなく、本のサイズも文庫より若干大きめのものだったが、それがこの度、オリジナルの装幀/挿画でポプラ文庫として刊行され始めた。乱歩の少年ものは所有していなかったし、良い機会だから買いそろえようかなと思って、去年の年末くらいのことだが久々に本屋に行って現物を見て見たのだが、その場で買う気が失せてしまった。装幀とかの問題ではなく、内容的に最早少年ではない私にとっては再読に堪えないと思えたからだ。

 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。
「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわしている、ふしぎな盗賊のあだ名です。その賊は二十のまったくちがった顔を持っているといわれていました。つまり、変装がとびきりじょうずなのです。
 どんなに明かるい場所で、どんなに近よってながめても、少しも変装とはわからない、まるでちがった人に見えるのだそうです。老人にも若者にも、富豪にも乞食にも、学者にも無頼漢にも、いや、女にさえも、まったくその人になりきってしまうことができるといいます。(『怪人二十面相』より)

 少年向けだから致し方ないが、これはどう読んでも大人向けの強烈な毒気たっぷりの乱歩作品に対して、無害ないわばアルコール抜きのビール、いや炭酸の抜けたコーラのようなものだ。時間が戻らないと同様、少年の日の謎も恐怖も今ではとっくに色褪せた。

☆その4:角川文庫版の夢野久作作品集 

 1970年代に角川文庫から全10冊の夢野久作の作品集が出ていた。『押絵の奇蹟』『犬神博士』『ドグラ・マグラ(上下巻)』『少女地獄』『瓶詰の地獄』『狂人は笑う』『人間腸詰』『空を飛ぶパラソル』『骸骨の黒穂』がそれで、この内『ドグラ・マグラ』と『少女地獄』は何度も版を重ねて今でも現役なのだが、それ以外のものは長い間絶版状態で入手不可能だった。米倉斉加年による怪しげでグロテスクでエロティックな表紙絵が人気のシリーズで復刊を望む声も多かったようだが、最近になって漸く『犬神博士』と『瓶詰の地獄』が復刊した。どういう風の吹き回しかよくわからないが、どうせなら中途半端なことはしないで全巻復刊してほしいものだ。

☆その5:『久生十蘭短編選』(岩波文庫)

 江戸川乱歩に続いて今度は久生十蘭が岩波文庫に加わった。国書刊行会の全集も順調に刊行されていて一部愛好家からも好評のようだし、その影響か岩波もここぞとばかりに文庫化に踏み切ったようだ。いずれにしてもこういう現象は、久生十蘭のような作家には数十年に一度のペースでしか訪れない珍事である。さて注目の収録作品は、「黄泉から」「予言」「鶴鍋」「無月物語」「黒い手帳」「泡沫の記」「白雪姫」「蝶の絵」「雪間」「春の山」「猪鹿蝶」「ユモレスク」「母子像」「復活祭」「春雪」の15編で、定番の「湖畔」「海豹島」「ハムレット」「虹の橋」なんかが入っていないのは個人的には残念だが、これまであまり文庫に入っていなかった作品も多いので、これはこれで有効なのかも知れない。
Posted by chanson dada
Category : その他
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